No.4最期を看取ったヒーリング(2)

夏の終わりの事です。
「母が風邪を引いた」と息子さんより連絡がありました。
くれぐれも風邪には気をつけるように、風邪を引くと最後だよと何度も言っていましたので、来る時が来たと思いました。
暑いため、クーラーを付けっぱなしにしてた事が原因だったようです。

日課のヒーリングをするためにお母さんの元を訪れました。ひと目見て
「もう駄目です。限界ですね。」と息子さんにお話しました。
そして、息子さんの気持ちを思うと泣けてきました・・・。
その日の夜に容体が急変し、肺炎で緊急入院をされました。

病院では、担当医の先生と息子さんと話しをする機会がありました。
ヒーリングをしている事を知った先生が、何故あの状態でも生きているのか不思議で仕方ないと話された事が印象に残っています。
その後、息子さんに私はこう言いました。
「もう私の力も及びません。病院に来てヒーリングをした所で、息子さんの気休めにしかなりません。」
すると、息子さんは
「医者にはひな祭り迄持たないと告知されていました。それがここまでもってくれたのは一翠先生のお陰だと家族全員が思っています。」
と答えて下さいました。
少し救われたような気持ちがしました。

もういくらやっても無駄な事は解っていましたが、私はヒーリングを続けました。
お母さんは全く動けない状態でしたが、手をあてると「熱いから嫌だ」と手を出して払いのける仕草をされていました。

翌日の夕方、やはり私はヒーリングを始めました。その時お母さんはほとんど意識がない状態に見えました。
そんな状態で何度も何度も繰り返しベッドの横の時計を見ていたのが不思議でした。
後から解った事ですが、同時刻、関西の実家ではお母さんの足音が聞こえたり、誰もいないのに扉を開け閉めする音が聞こえたそうです。
恐らく、死ぬ間際の魂が家に戻っていたのかも知れません・・・・。

ヒーリングを終え病院から戻ってしばらく経った夜8時頃、電話がかかってきました。
お母さんが危篤と聞き、急いでまた病院に行きました。
そして、その夜中に他界されました。

最初にお会いした時から、既にいつ亡くなってもおかしくない状態でした。
医者から宣告された時期よりも、半年も寿命が延びたのは、家族の強い愛情があったからでしょう。
私も微力ながらお手伝いが出来たと思っています。
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